熊本・益城町 復興のあゆみ


■2016年10月31日(月)益城町、最後の避難所が閉鎖

震源地の益城町に残る避難所として、最後まで運営を続けた「益城町総合体育館」が、この日を持って閉鎖されました。

再春館製薬所の本社から約4キロ離れたところに位置するこの避難所には、私たちも何度となく通い、清掃活動や避難者とのコミュニケーションを続けてきました。

“熊本日日新聞 10月31日夕刊 より抜粋

熊本地震で最大震度7を2回観測した益城町は31日午前、町内に唯一残っていた町総合体育館の指定避難所を閉鎖した。御船、大津の両町も同日、最後の避難所を閉じる。


いずれも応急仮設住宅の整備が進み、住まい確保にめどが立ったとして、仮設住宅の完成などを待つ住民には宿泊先を提供する。

益城町は最大18カ所の避難所を設け、本震翌日の4月17日には約1万6千人が身を寄せた。県内では最大で855カ所に上り、ピークとなった4月17日には計18万人超が避難。残る指定避難所は西原村、美里町のそれぞれ一カ所となる。

避難所の運営に携わっていた熊本YMCA副所長の丸目陽子さんに、お話を伺いました。

「最後まで残ったのは18人。私たちも、もう家族のように思っていたので、最終日はスタッフ総出で引っ越しを手伝い、涙ながらにお別れをしました。『頑張るけん!』と言いながら避難所をあとにされて行かれました。」

震災直後から、益城町で最も多くの避難者を受け入れた益城町総合体育館ですが、建物も甚大な被害を受けています。建物の入口付近は2度の大きな揺れによって、アスファルトが波打ったように変形しています。

最後まで避難者の生活の場所として使われていたメインアリーナ部分は、天井が剥がれ落ちて危険だったため、直後は立ち入り禁止となっていましたが、避難所として多くの人を受け入れるために、むき出しのままの天井の鉄筋を布で目隠しをして、安全を確保する応急処置が行われました。そして、メインアリーナは避難者のプライベートが保てる空間となり、最大で500名の方の生活空間となっていました。

メインアリーナの様子

メインアリーナ等に設置された、間仕切り・段ボールベッドの再現(一人用)

通常なら、益城町内のレクレーション活動や保育園の運動会、そして熊本のプロバスケットボールチーム「熊本ヴォルターズ」の試合会場として利用されている体育館ですが、体育館としての復旧は、もうしばらく先のようです。

「避難所としての後片付けは終わったものの、点検に時間が掛かると思います。ネットが切れていたりとか、柱がおれたりだとか、全部チェックすることになります。

この体育館も、天井が無い状態ですし、床は傷だらけなので、この床も全部張り替えないと使えないですね。」


現在、益城町の街並みは、倒壊した家屋の解体や整備が進んでいます。

地域では、復興マルシェや町の未来を考えるワークショップなども開催され、復旧から進んだ、これまで以上の町づくりをする復興へと歩み始めました。

この益城町総合体育館も、震災前のように多くの人が交流の場として体を動かしたり、コミュニケーションをとる場所として、笑顔がたくさんあふれる体育館としての役目を早く取り戻してほしいと、強く感じました。


■10月8日(土)熊本の若者たちが益城町の未来を語る!!

10月8日土曜日、益城町保健福祉センターで「益城町未来トーーク」が開催されました。熊本地震で甚大な被害をうけた益城町。現在進められている町の復興計画に、将来をになう世代のアイディアも盛り込もう、と企画されたもので、県内の高校生・大学生を中心に95名が参加してさまざまな議論が交わされました。

数人ずつのグループに分かれ、町の課題を出し合い、さらにその解決策について議論し合います。町は10年後にどうなってほしいか?目標や理想像を描き、実現のために何が必要かを語り合います。

若者ならではの発想やアイデアが飛び交い、未来を担う彼らが、将来のことや町のことをしっかりと考えていることそのものが、町の活気と復興になっていくのだと思います。

>>活動レポートもご覧ください!「熊本県内の高校生、大学生が中心になって益城の未来を語る!」



事務局の益城町復興課 戸上さんは、若い人たちの活発な意見交換を喜びつつ、これから「実行」という目に見える形で町づくりに活かしていきたい、と話されていました。


益城町の「震災復興基本方針」には、最初に「未来を信じともに歩もう みんなの笑顔とともに」という言葉があります。自分たちの町を、自分たちが主体となって、楽しく作りあげていく。

5年後、10年後、さらにその先の未来を支えていく若い人たちが夢と希望を持てる町を作っていきたい。そんな町づくりの第一歩となる会だったと思います。

■9月8日(木)熊本県から元気&笑顔を発信!

熊本県益城町に、震災によって休業中の商店主が集まり、テント内で営業している仮設商店街「益城復興市場・屋台村」があります。

屋台村は、町商工会の有志たちが『商店主と住民が、この町で再び頑張ろう、と思えるような希望の場所をつくりたい』と発案し、休業中のスーパーマーケットの駐車場にテントを設置。町の商店に声をかけ、立ち上がりました。現在、飲食店や理容店など15店舗21企業が入居しています。


内部は店ごとに壁で仕切られ、食事をすることができるスペースもあります。テントの内側は、応援メッセージでびっしりと埋めつくされ、様々な想いが伝わってきます。

復興市場・屋台村は、そこに暮らす人、震災後に益城町を離れざるを得なくなった人、あるいは、ボランティアとして遠方から益城町まで来てくれている人など、様々な立場の方がいますが、それぞれが復興にむけて、前向きな一歩を踏み出しています。

>屋台村の活動レポートもご覧ください「益城町に活気と笑顔を!」

地元企業も、ふるさと復興のために

熊本に拠点を置く企業もまた、復興へ向けて様々な取組みをしています。その一部をご紹介します。


■鶴屋百貨店 「熊本復興応援サイト 100%熊本百貨店」

「地元をいちばん愛する百貨店として熊本を元通りの100%の状態にしたい。」鶴屋百貨店は、熊本で「郷土の百貨店だからこそ出来る」取組みとして、100%熊本県内の生産者、事業者の商品を販売することで、被災した熊本各地の復興を応援するWEB限定の百貨店を開設。「全国の皆様に熊本を応援していただきたい」という趣旨のもと、熊本県外の買い上げ金額の10%が、鶴屋百貨店から被災自治体など各地に寄付されます。寄付先は、益城町など被害が大きかった自治体のほか、熊本城、阿蘇神社の復旧向けと、購買客が自ら選択できるようになっています。

>>「熊本復興応援サイト 100%熊本百貨店」はこちら


■フジバンビ 寄付金付き商品を販売

フジバンビは、かりんとうやドーナツといった親しみやすいお菓子を製造・販売する熊本を代表するお菓子メーカー。復興支援に寄与するため「黒糖ドーナツ棒 寄付金付き 火の国パッケージ」を全国発売しています。1箱あたり5円を、日本赤十字社へ寄付しています。

>>フジバンビ 復興支援商品の発売について


■味千ラーメン&桂花ラーメン 復興支援セット

熊本を代表する熊本とんこつラーメン「味千ラーメン」と「桂花ラーメン」がセットになった復興支援セットを販売。売上の一部が、熊本地震義援金へ寄付されます。

>>味千・桂花ラーメン復興支援セットはこちら


熊本の“うまかもん・よかもん(美味しいもの、良いもの)”を通じて、活気を取り戻すために企業も、町も、一緒に前へ進んでいます。


■7月14日(木)震災から3ヶ月

震災から3ヶ月が経ちました。熊本県の13日時点のまとめでは、今も県全体で約4700人、そのうち益城町は1584人が避難所での生活を余儀なくされています。

この日の朝に届けられた熊本県の広報誌は、地元熊本のサッカー選手と一緒に、笑顔いっぱいの子供たちが表紙を飾りました。また、今まで休止していた大型ショッピングモールの営業を再開するという嬉しいニュースも届けられました。

「熊本の復旧・復興を成し遂げるまでの道のりは決して平坦ではありません。長い歳月を要するでしょう。しかし、“逆境の中にこそ夢がある”のです。“チーム熊本”として、この困難を乗り越えていきましょう」 ※熊本県知事のメッセージより引用


想いのこもったメッセージと共に、6月初旬から入居が始まった応急仮設住宅の様子、また復旧・復興プランの策定が進んでいるという記事の掲載。一歩一歩前に進んでいることを実感します。


■5月20日(震災から約1か月)益城町総合体育館の様子

体育館に入るときには「土足厳禁」に。以前よりも衛生面が良くなりました。

益城町総合体育館のメインアリーナの復旧工事が完成し、仕切りが設けられた個室ができました。


■震災直後の益城町の街並


■震災直後の避難所(益城町総合体育館・益城中央小学校)

益城町総合体育館が避難所に。メインアリーナは天井が崩壊しているため利用できず、通路を利用している方も大勢いらっしゃいました。体育館の通路は、普段は土足で利用するところだったため、当時は入室時には土足のまま利用している状態でした。

益城中央小学校の体育館の様子。床に段ボールや、支給されたマットを引き、仕切りもない状態で避難されていました。